医薬品の生産性を効率化する酵素の最適化技術

【研究テーマ名】
新規医薬品(低分子)合成プロセスの開発
【研究背景】
酵素は、医薬中間体、食品、化学品合成への利用や、バイオ医薬品製造への利用、健康診断など多方面に利用されています。我々は、有害な廃棄物を出すことがない、環境にやさしい製造技術として、酵素を触媒とする化学合成技術を用いて、医薬品産業や化学工業に貢献することを目指しています。
産業用酵素の研究は、長く我が国が世界をリードしてきた分野です。富山県立大学では、企業との共同研究により実用化された酵素研究について多くの実績があり、国内トップクラスの研究力を持ちます。これらの実績と新たな研究成果をもって県内はもとより国際的な情報発信を行い、医薬品(原薬、医薬中間体)の製造プロセスイノベーション※1を実現します。大量の遺伝子構造情報に基づく酵素の改良や、有機合成化学と連動した医薬中間体の製造技術は近年大きく進展しています。我々は、医薬品関連産業、特に原薬、医薬中間体製造の振興を図るため、開発したソフトウエアなどを利用して有用な未知な酵素を探索したり、穏やかな反応条件で、短時間に、多くの収量をもたらすような酵素の最適化条件を見出す基盤技術の確立に取り組んでいます。更に、研究レベルでの基盤技術を医薬品原料の新たな製造技術の開発へ繋げることで産業への実装を目指します。
【研究内容と今後の展開】![]()
1.バイオインフォマティクス※2技術:機械学習による改善
我々は、バイオインフォマティクス技術を応用し、酵素の探索や改善のためのスクリーニング対象を大幅に絞り込み、成功率を各段に向上させる技術を開発しています。具体的には、静岡県立大学、食品栄養科学部食品生命科学科中野准教授、富山県立大学工学部情報システム工学科、榊原准教授、中村准教授らとの連携を強力に行っています。
従来から開発して来たINTMSAlignプログラム※3をさらに発展させることにより、酵素開発のプロセスイノベーションが可能となり、これによって医薬品合成反応に適した酵素探索、および酵素製造方法の最適化を実現します(図1)。また、ヤスデ由来スーパー酵素ヒドロキシニトリルリアーゼを組み込んだフロー(連続)合成※4などの技術を導入して光学活性なマンデロニトリル誘導体を効率よく製造し、さらにそれを用いて医薬品を化学合成する新手法の開発も進めています。

2.医薬中間体光学活性フッ素化アルコールの酵素的合成
フッ素を導入した医薬品は、その疎水度に変化を及ぼすので、脂肪溶解度が高まり、毒性を緩和する効果を与えることがあります。そのため、光学活性なフッ素含有中間体を合成原料として医薬品に導入し、体内吸収と薬物の効能を改善する例が多くあります。現在、フッ素含有中間体を高い光学純度で製造する技術が求められています。トリフルオロアセトンなどのフッ素化合物を、タンパク質工学により改善した酵素を用いて還元し、光学活性なトリフルオロ2-プロパノールなどの光学活性フッ素化アルコールを合成する技術を検討しています。

【研究成果の公表】
○論文発表
S. Shinoda, A. Itakura, H. Sasano, R. Miyake, H. Kawabata, and Y. Asano, Rational design of the soluble variant of L-pipecolic acid hydroxylase using the a-helix rule and hydropathy contradiction rule, ACS Omega, 7(33), 29508-29516 (2022).
A. Nuylert, M. Nakabayashi, T. Yamaguchi, and Y. Asano, Discovery and structural analysis to improve the enantioselectivity of hydroxynitrile lyase from Parafontaria laminata millipedes for (R)-2-chloromandelonitrile synthesis, ACS Omega, 5(43), 27896-27908 (2020).
○特許
光学活性フルオロアルコールおよび光学活性クロロフルオロアルコールの製造方法, 特開2021-45108(P2021-45108A)
○学会・シンポジウム・セミナーなどでのイベントでの発表
Y. Asano, Bio- and digital methods for the enzyme development and application for chemical synthesis Biocat2022, Hamburg, Germany, 2022年8月29日(招待講演)
Y. Asano, Digital methods for the enzyme discovery, development and application for synthesis of chiral molecules, Active Enzyme Molecule 2022 (酵素活性分子国際会議), 富山県立大学・射水キャンパス(富山県射水市), 2022年9月30日(招待講演)
浅野泰久、富山発のバイオテクノロジー研究、バイオテクノロジー講演会、富山、2022年10月19日(招待講演)
◆用語解説
製造プロセスイノベーション※1:製品を製造する過程・工程・手順・方法(プロセス)に大幅な革新を起こすこと。ここでは、酵素探索、酵素製造、酵素反応などによる医薬品などの製造過程において、バイオインフォマティクス技術などの著しい革新的技術を用いること。
バイオインフォマティクス技術※2:バイオインフォマティクスとは、生命科学と情報科学の融合分野のひとつであり、DNAやRNA、タンパク質をはじめとする、生命が持つ様々な「情報」を対象に、情報科学や統計学などのアルゴリズムを用いた方法論やソフトウェアを開発し、またそれらを用いた分析から生命現象を解き明かしていく(in silico 解析)ことを目的とした学問・技術分野である(Wikipedia)。
INTMSAlignプログラム※3:ERATO浅野酵素活性分子プロジェクトの中野研究員(現静岡県立大学准教授)が中心となって開発した一次配列解析ソフト。INTMSAlignはアミノ酸配列の組み合わせを様々に変えてマルチプルシーケンスアライメント(MSA)を行い、その結果を統合する新規のMSAプログラムである。
フロー(連続)合成※4:フロー合成では、マイクロリアクター(フロー型微小流路)の中で反応液を流し連続的な合成反応を行う。危険な試薬を用いる反応では安全性が向上する。さらに、優れた熱伝達性、後処理の簡便性、およびスケールアップの容易さなどの利点がある。酵素を導入するフロー合成の重要性は今後大きく増大すると期待されている。
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