VIB (フランダースバイオテクノロジー研究機関) 科学政策シニアマネージャ・国際資金調達オフィスヘッド
西ヨーロッパに位置し、多言語国家で連邦制のベルギー。その国土の北半分を占めるのがフランダースです。フランダース地方政府は1990年代後半から、その戦略的な意思決定(strategic decision-making)によって、バイオテクノロジーのエコシステム形成に注力し、大きな成長と発展を得ました。その成功モデルの中心にあるのが、VIB(フランダースバイオテクノロジー研究機関、オランダ語でVlaams Instituut voor Biotechnologie)です。
VIBの科学政策シニアマネージャ・国際資金調達オフィスヘッドとして、その事業計画策定と資金調達を指揮するリーヴェ・オンゲナ先生への特別インタビュー「後編」です。
(聞き手/富山くすりコンソ事務局・髙森 寛)
■事業化に向けた取り組み
― VIBが独自の方法で、地域の5つの大学と連携関係を築きながら、地域全体の研究力の底上げに取り組んできたことが分かりました。先ほどのお話しでは、VIB設立当初から「研究力の高さ」を目指すとともに、「研究成果の事業化」を通じて地域の経済成長も目指すという2つの使命を掲げてきたということでした。事業化に関して、どのような成果が得られているのでしょうか?
研究成果を事業化するには知財の確保が欠かせませんが、VIBでは設立から2024年度までに821件の特許出願をしています。また、設立から2024年度までに共同研究などで得た産業界からの収入は総額で3億5,000万ユーロ(602億円)になります。さらに、VIBの研究成果をもとに、これまでに40社のバイオベンチャーが設立され、これらの企業はベンチャーキャピタルから計18億ユーロ(3,096億円)の投資を受けています。ベンチャー設立によって地域に1,000名以上の雇用も生まれました。VIBはそれら地域のバイオベンチャーの事業を円滑に軌道に乗せるための支援として、これまでに5つのインキュベーション施設を開設しています。またVIB自身もベンチャーファンドを立ち上げて投資を行っています。
こうした事業化の活動を推進するため、VIB本部にはイノベーション&ビジネスチームを設置しています。彼らの役割はVIBの研究グループが見出した研究成果を、革新的な製品や技術として市場へつなげることです。市場では患者さん、あるいは社会がそれら新製品や新技術の登場を心待ちにしているのです。チームには25人の専門家が所属しています。これらの専門家たちを私は「バイリンガル」と呼んでいます。彼らは2つの言葉を話します。彼らは生命科学の博士号を取得し、5~6年の企業勤務経験を有しています。つまり、科学的なバックグラウンドを持ってVIBの研究者らと話すことができるとともに、企業勤務経験を活かして産業界とも話し合い、交渉ができるバイリンガルです。ご存じのとおりフランダースには製薬企業が集積しており、それらの企業とライセンスや共同研究などの交渉を行うのも彼らの役割です。イノベーション&ビジネスチームはVIBにとって非常に重要なチームです。チームには弁理士も在籍しています。また、弁理士になるためのトレーニングにも予算を割いています。
■地域経済への効果
― 研究の推進から成果の創出、そして事業化に至るまで運営体制が確立しており、事業化の成果も得られています。これらの取り組みがフランダースの地域経済にどのような影響を与えているのでしょうか?
VIBが地方政府から事業成果の厳しい審査を受けているのは、先ほどお話ししたとおりです。その審査のなかで過去10年間のVIBの経済効果を示すよう求められたことがありました。私たちはこの調査と分析を英国のBiGGAR Economics社に依頼しました。彼らは2013年から2023年までの10年間について、VIBからのデータのみならず、大学や研究者、フランダースにある企業のほか、国際的な資料や数値などのデータを収集して分析作業を進めました。
BiGGAR社の報告書によると、VIBは3つの領域、つまりヒューマンヘルス、プラネタリーヘルス、バイオテクノロジーのエコシステムにおいて、フランダースだけでなく世界的に影響を与えたとされています。その経済効果としては、フランダース地域では10年間で9億9,400万ユーロ(1,709億6,800万円)、世界全体でみると13億5,900万ユーロ(2,337億4,800万円)となりました。
これをフランダース地方政府からの予算額と対照してみましょう。地方政府からの予算はVIBへの投資です。フランダース地方政府のVIBへの1ユーロの投資が、フランダース経済に12ユーロ、つまり12倍の経済効果をもたらしていることになります。EU全体での経済効果は14倍、世界全体での経済効果は15倍。つまりVIBは投資された額の15倍を世界経済に還元していることになります。
私たちVIBが「成功モデル」として認識されていることは、フランダース地方政府以外の他の政府系資金提供機関に対しても説得力のあるものだと思います。VIB設立から10年目の頃は、まだこのモデルは確立していませんでした。その頃はまだ小さな取り組みでしたがフランダース地方政府の継続的な投資により急速に成長しています。

■今後の展望
― フランダース地域経済の成長と発展のみならず、世界的にも大きな役割を果たしておられます。これまでの30年をふりかえって、VIBの将来に向けた展望をお聞かせください。
先ほどのBiGGAR社の調査ではVIBの経済効果だけでなく、その社会的な貢献も評価されました。彼らはOECDが開発したウェルビーイング指標「Better Life Index(より良い暮らしの指標)」を用いて、その効果を検証したのです。その結果、VIBが将来の人類のウェルビーイングに持続的に貢献し得ることが確認されました。BiGGAR社のディレクターであるグレイム・ブラケット氏は次のように述べています。
「VIBの成功の要因は、その活動が研究とそれによる価値創出をはるかに超えて、フランダースのバイオテッククラスターが繁栄するイノベーションエコシステムの構築と強化という役割までをも担っている点にある。」
優れた研究活動を単なる研究に留めることなく、経済効果を追求し実現する。その結果、研究力と産業力が強化され、それを地域のさらなる成長と発展につなげる。そのエコシステムの原動力としてVIBは活躍し続けます。30年という歳月は長いものですが、私たちの活動への継続的な投資について政府から信頼を得ることができれば、それは報われます。今後、さらに誰もが期待する以上の成果を生み出せると信じています。

■富山へのメッセージ
― リーヴェ先生には、私たち富山くすりコンソのアドバイザリーボード委員を務めていただいています。富山くすりコンソは地方創生を目指したプロジェクトとして取り組みを進め、今年で8年目です。私たちの取り組みにメッセージをいただけますか?
重要なのは継続性と連携です。そのためには関係者との信頼構築が欠かせません。地域の将来を見据えて、地域の課題解決に対応するためのプラットフォームの創出に戦略的に取り組まれることを期待します。富山の未来のためには、県による長期的な取り組みと、このプロジェクトへの信頼が欠かせません。有名なルイ・パスツール先生の言葉を贈ります。
Chance favors the prepared mind.
チャンスは備えあるところに訪れます。富山にとって、とても重要な言葉だと思います。(了)
取材を終えて
地域の潜在力を信じて、30年前のフランダース地方政府は大きな野心と覚悟をもって一歩を踏み出しました。面積が狭く、資源にも乏しい。地域の衰退を防ぎ、自立した地域であることを国内外に示さなければならない。生き残りをかけた切迫感が後押しになったのだろうと感じます。
その挑戦への最初の道しるべは、彼ら自身の揺るぎない科学への信頼にありました。「地域の研究力を伸ばし、高い付加価値を生み出す。それによって経済成長を呼び込み、得られた資金で更なる研究力の向上を目指す」という産学官連携の好循環の原動力が、今回ご紹介したVIBだと思います。
国際的にも認められたその成功モデルは、まるで経営のテキストに載るような理想的な「強みの活かし方」ですが、リーヴェ先生の言葉にあった「最初の10年間は成果が見えず、VIBの存在感を高めるためにひたすら懸命に戦った。」からは、うわべでは見えない圧倒的な熱量を感じました。「くすりの富山」として地方創生を目指している私たち富山くすりコンソにとって、学びの多い取材の機会となりました。
(富山くすりコンソ事務局 高森 寛)

<参考>
・VIB (フランダースバイオテクノロジー研究機関) https://vib.be