2024.11.21
「Bird Eye」と「Insect Eye」

日本衛生検査所協会 理事・顧問・富山くすりコンソ 事業化サポーター

堤 正好
【略歴等】
・長らく臨床検査センターに勤務し、各種遺伝子関連検査の導入等に携わる。
・1996年以降は遺伝子検査を取巻くELSI(ethical, legal and social implications/倫理的・法的・社会的諸諸問題)への対応を中心に活動し、日本医学会「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」(2011年2月)や日本衛生検査所協会「遺伝子関連検査の質保証体制についての見解」(2018年12月)等関連団体・学会等 の指針・ガイドラインの策定を通して遺伝子関連検査の枠組みの作りに関わる各種学会活動を継続しながら、難病の遺伝学的検査や各種遺伝子関連検査の実用化を支援中

私は、2020年(令和2年)10月1日より富山くすりコンソの事業化サポーターを仰せつかっております。生まれは徳島県で、実家は田舎の小さな薬局で、祖父と母は薬剤師でした。富山とのつながりは義父が高岡出身でした。出身高校は、以前は野球が強かった徳島県立池田高校で、大学院修了後1978年(昭和53年)に臨床検査会社に就職し、1980年代に入りB型肝炎ウイルスのドットブロット遺伝子検査に携わりました。その後、1990年代に入り遺伝子関連検査(①病原体核酸検査、②体細胞遺伝子検査、③遺伝学的検査の総称)を飛躍的に進歩させたPCR(Polymerase chain reaction)の臨床検査への導入を経験しました。当時NonA・NonB型肝炎の原因ウイルスとしてC型肝炎ウイルスが発見されRT-PCR法の導入により検査として実施できるようになりました。その後は、白血病の様々な染色体転座に関わるキメラmRNAの検出などへの応用等を経て、固形がんにおけるがん遺伝子の変異の検出や薬剤応答性診断に関わる遺伝子検査(薬理遺伝学検査)など様々な分野に拡大していきました。

このような中で、1980年代末に遺伝子関連検査全般について指導してくださいました九州大学の名誉教授の高木康敬先生は、「Bird Eye」(全体を俯瞰して見ること(鳥観図))を持ちなさいと教えてくださいました。高木先生のご紹介で、奈良先端科学技術大学院大学におられた松原謙一先生(国際ヒトゲノム機構の初代副会長)にお目にかかり、その話をしますと「Insect Eye」(全体を構成する要素を分解してしっかり理解し、全体像を再構築すること)も大事ですよと教えてくださいました。私は、この「Bird Eye」と「Insect Eye」の視点をずっと、とても大事にしてきました。

遺伝子関連検査の成長過程で、遺伝子関連検査の価値観を大きく変えた出来事がありました。それは、1996年の母体血清マーカー検査(血中の3種のマーカータンパク質を測定して、先天異常の確率を掲載する)の国内導入をめぐり、倫理的に非常に大きな問題(全妊婦を対象として、胎児の生命を左右するような検査を、臨床検査会社がマススクリーニングとして提供することの是非)が引き起こされ、この問題に対応したことです。この問題が指摘したことは、「技術的にできることは、何をやっても良いのか?」と「滑りやすい坂道への懸念」でした。また、検査で得られた遺伝情報をどのように使うべきなのかとの非常に大きな問いでもありました。

遺伝子関連検査にとって、1990年代のPCRの導入に続く第2の非常に大きな技術革新は、次世代シーケンサー(NGS:Next Generation Sequencing)の導入であったと思います。NGSがゲノム解析に導入されて約10年、近年のがん遺伝子パネル検査の保険適用による実用化につながり、現在は全エクソームシーケンス解析(WES:Whole Exome Sequencing)や全ゲノムシーケンス解析(WGS: Whole Genome Sequencing)なども容易に行えるようになってきました。なお、当初に比べてWGSの解析コストは下がりましたが、解釈のコストが増大していることを意識しておく必要があります。一方で、NGSを用いた技術・研究開発の成果を実用化し、普及させた最も有力なモデルは、倫理的な諸問題を一切抜きにして考えるとすれば、それは妊婦を対象に提供されている非侵襲性出生前遺伝学的検査(NIPT:Non-Invasive Prenatal genetic Testing:NIPT))になると思います。現在は、日本医学会に設置された出生前検査認証制度等運営委員会の認証制度の下でNIPTが検査として提供されていますが、その一方で、非認証の施設では、「お母さんが胎児について知りたい情報(遺伝情報)はなんでも分かりますよ」というキャッチコピーの下にNIPTが医療機関にとって儲かる商品として広く取扱われています。関連する話題としては、医療の分野での「診療の用に供する検査」として遺伝子関連検査の一部が、体質に関わるリスクが分かる遺伝子検査として消費者向けに提供されているDTC(direct to consumer)遺伝子検査の問題があります。これらは、歯止めのかけようがない状態です。

ゲノム医療に関わる最近の動向としては、「医療法・臨床検査技師等に関する法律」の改正(2019年(平成31年)12月施行)があります。これら法の改正により、はじめて遺伝子関連・染色体検査が臨床検査の一分野として位置づけられ、その要件(①遺伝子関連・染色体検査の責任者の配置(義務)、②内部精度管理及び適切な研修の実施(義務)、③外部精度管理調査の受検(代替方法(施設間における検査結果の相互確認)(努力義務)、④第三者認証の取得(勧奨))が示されました。なお、研究成果を臨床の場等で実用化する際には、アメリカ疾病管理予防センター:CDC;Centers for Disease Control and Prevention)が示したACCEモデル(①:A(Analytical validity:分析的妥当性)、②C(Clinical Validity:臨床的妥当性)、③C(Clinical Utility:臨床的有用性)、④E(Ethical Legal and Social Issues:倫理的法的社会的諸問題)の4つの要素により構成される)に沿った評価が必須だと考えています。

さらに昨年2023年(令和5年)6月に「良質かつ適切なゲノム医療を国民が安心して受けられるようにするための施策の総合的かつ計画的な推進に関する法律」(ゲノム医療推進法)が成立・公布されました。ゲノム医療推進法の目的は、ゲノム医療を統合的・計画的に推進することとされ、基本理念として、①幅広い医療分野における世界最高水準のゲノム医療を実現し、その恵沢を広く国民が享受できること、②生命倫理への適切な配慮、③ゲノム情報の保護が十分に図られ、ゲノム情報により不当な差別が行われることがないようにすることがあげられています。なお、法の第十二条には、検査の質の確保がうたわれています。さらに、日本医学会・日本医学会連合会からゲノム医療推進法に関する提言が2024(令和6)年3月13日に公表されるとともに、様々な課題等については、ゲノム医療推進法に基づく基本計画の検討に係るワーキンググループで検討が進められています。また、並行して厚生科学審議会科学技術部会全ゲノム解析等の推進に関する専門委員会では、全ゲノムシーケンス解析をゲノム医療として実装するための課題の整理と枠組みの検討や具体的な実行組織の構築等についての議論が進められています。

以上ご紹介しましたように、私が関わる遺伝子関連検査の分野に関しても、様々な話題・課題が非常に多くあり、関連する状況は日々変化しています。そのような状況であるが故に「Bird Eye」と「Insect Eye」の視点は忘れてはならないと思います。もちろ、富山くすりコンソの素晴らしい取組みもこの視点でみていきたいと考えています。

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