経鼻ワクチンでウイルス感染を防御 ~実用化の鍵を握る “粘膜アジュバント”の開発~
注射の痛みがなく、小児にも投与しやすい
重症化予防 + ウイルス感染防御 = 経鼻ワクチン(鼻から投与するワクチン)
世界で最も有効と認められている感染症対策がワクチンです。
ただし、今使われている注射タイプのワクチンは血液内のIgG抗体を増やして重症化を抑える一方、鼻やのどの粘膜で働くIgA抗体は作りにくく、感染を食い止める力には限界があります。
ウイルスの感染そのものを防御する
一方、経鼻ワクチンは、血液中のIgG抗体に加えて、鼻やのどの粘膜に分泌型IgA抗体を増やします。
そのため、ウイルス感染そのものを防御する「感染防御効果」だけでなく、重症化を防ぐ「重症化予防効果」も発揮する「次世代型ワクチン」として注目されています。
さらに分泌型IgA抗体は、似た構造を持つ別のウイルス株にも効果を示す「交叉反応性」が高い点も強みと言われています。針を使わず、注射の痛みがない点では、小児にも投与しやすいこともメリットです。
実際に、米国ではインフルエンザ経鼻ワクチンの使用実績があり、日本でも近年承認され使用が始まるなど実用化が進んでいます。現在、世界各国で経鼻ワクチンの開発が加速しています。

経鼻ワクチンの開発は、難しい?
■ 経鼻ワクチンの開発には、2つの大きな障壁が
障壁① 生体防御機能の高さ
鼻の粘膜は常に粘液で覆われており、線毛の動きによって異物(ワクチン抗原を含む)を体外へ排出する仕組み(粘液線毛クリアランス)が働いています。また、鼻粘膜は常に空気中の様々な刺激物(花粉やペットの毛など)にさらされているため、無害な異物に対し過剰な反応を避けるための免疫反応を抑える仕組み(免疫寛容)が発達しています。
このような鼻粘膜の構造が、ワクチン抗原に対する十分な免疫応答の獲得を難しくしています。

障壁② 免疫誘導の難しさ
強い免疫応答を得るために弱毒生ワクチンを用いたインフルエンザ経鼻ワクチンが既に実用化されていますが、弱毒化されたウイルスであるため適応に制限があります。
一方、注射型ワクチンで使用されている不活化ワクチンは、ウイルスを完全に不活化し、感染の心配がないため安全性が高いとされていますが、効果を高める「アジュバント」を一緒に投与することが必要不可欠となります。
不活化したウイルスを用いた経鼻ワクチンの開発には、新たなアジュバントが求められています。

こうした課題を克服するため、現在も新しい製剤技術やアジュバント、投与デバイスの開発が世界中で進められています。
■ 不活化ワクチンの経鼻投与を実現するために
安全性の高い不活化ワクチンを経鼻投与するには、鼻粘膜に適した“ 粘膜アジュバント ”が実用化の鍵を握ります。
粘膜アジュバントとはワクチンの効果を強化するブースターの役割を果たします。これによって不活化ワクチンの効果を⾼め、安全性の⾼い経⿐ワクチンを実現することが期待されます。
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「安全・ウイルス感染防御・注射の痛みがない」の3つを兼ね備えた経⿐ワクチンの実⽤化に向け、
“ 粘膜アジュバント ”は決定的な役割を担っています。
経鼻ワクチンを実現する“ 粘膜アジュバント ”を開発
富山県薬事総合研究開発センター 創薬研究開発センターでは、効果が高い経鼻ワクチンのための“ 新規粘膜アジュバント ”を開発しました。
■ ウイルス感染防御効果を確認
インフルエンザワクチンHA抗原(不活化ワクチン)に、開発した新規粘膜アジュバント(化合物X)を添加し、マウスに経鼻投与を行った結果、鼻粘膜にIgA抗体、血液中にIgG抗体が誘導され、ウイルス感染が防御されました。

■ 開発ストーリー

プロジェクトリーダー
相川 幸彦 さん 薬総研 創薬研究開発センター⻑(写真前列中央)
■ 開発のきっかけ
弊センターでは、より有益な経鼻ワクチンの実用化に必須となる、安全で有効な新規粘膜アジュバントの開発を目標に研究開発を行ってきました。
はじめに、病原体の認識に関わる自然免疫や自然免疫受容体のToll様受容体(Toll-like Receptor: TLR)に着目した「ワクチン用新規アジュバント開発のための基盤研究プロジェクト」を立ち上げ、目的とする薬理作用が評価可能なin vitro評価系を構築し、約600の化合物をスクリーニングしました。基盤研究プロジェクトの後期には,候補化合物を3化合物に絞り込みました。さらに、「くすりのシリコンバレーTOYAMA創造コンソーシアム」事業において、研究開発テーマとして展開する機会を得て、実用化に向けた性能評価を進めてきました。
すなわち、有効性面において、より有用な化合物を見極めることに加え、安全性および製剤学的検討、作用機序解析を中心に進め、粘膜免疫の効率的な誘導に必要不可欠な安全で有効な新規アジュバントの開発を行い、まずは経鼻投与型インフルエンザワクチンでの事業化を目指すこととしています。

■ 新規粘膜アジュバントへの期待
粘膜アジュバントの利用拡大の一環として、新型コロナウイルスの抗原を用いたアジュバント性能も確認できています。
本研究開発において見出した粘膜アジュバントは、病原体の感染初期およびウイルス抗原特異的な獲得免疫の成立に重要な自然抗体の産生を増強、自然免疫を活性化するものです。従って、本アジュバントを用いる粘膜ワクチンは、粘膜上への分泌型IgA産生を誘導し、ウイルスまたは病原菌などの病原体による感染を防御するものであり、病原体の抗原と組み合わせることにより、様々な粘膜ワクチンを提供することができます。化合物の安全性、製品化に必要となる合成法などの基礎データの収集、実用化にむけた課題の抽出と解決策の検討も進めており、新規粘膜アジュバントの使用により、少ない抗原量で有効な経鼻ワクチンが実用化できれば、感染そのものを防御できるワクチンを短期間に製造し、医療現場に供給できることが期待されます。
今回の成果は、新型コロナウイルスの出現などによって、さらにその重要性が高まっているパンデミック対策という点においても有益な手段になると考えており、様々なご協力のもと、社会実装につなげたいと考えています。

News & Events
■ 学会・シンポジウム・セミナー等イベントでの発表
■ 2025年
・BioJapan2025
2025年10月8日(水)~10日(金)(パシフィコ横浜、神奈川県横浜市)
展示パネル 経鼻投与型ワクチンのための新規粘膜アジュバント
Development of Novel Mucosal Adjuvant (English)
■ 2024年
・関西バイオビジネスマッチング2024
2025年1月1日(水)~2月28日(金)(オンライン開催)
・BioJapan2024
2024年10月9日(水)~11日(金)(パシフィコ横浜、神奈川県横浜市)
・第26回インターフェックスジャパン
2024年6月26日(水)~28日(金)(東京ビッグサイト、東京都江東区)
■ 2023年
・関西バイオビジネスマッチング2023
2024年1月1日(月)~2月29日(木)(オンライン開催)
・T-Messe2023富山県ものづくり総合見本市
2023年10月26日(木)~28日(土)(富山産業展示館、富山県富山市)
・BioJapan2023
2023年10月11日(水)~13日(金)(パシフィコ横浜、神奈川県横浜市)
■ テレビ・新聞・書籍・Web等各種メディアへの投稿、報道
・富山県ニュースリリース
2023年4月7日「経鼻投与型ワクチンに必要な新しい粘膜アジュバントとなる化合物の発見と有効性を示す研究開発成果の特許出願について」
■ 特許関係
・特許第6977206号 「自然免疫を活性化する粘膜ワクチン用アジュバント」
Development of a Novel Mucosal Adjuvant for Nasal Vaccines
Executive Summary
Nasal vaccines can induce antigen-specific IgA antibodies with the cross-reactivity against pathogens by enhancing the mucosal immunity, thereby blocking pathogen invasion. Furthermore, unlike subcutaneous inoculation, intranasal administration is highly convenient, making it an extremely useful vaccination modality for pandemic response. We are developing a mucosal adjuvant for intranasal vaccines that induces mucosal IgA immunity. Compound_X, which contains two agonistic structures for Toll-like receptors (TLRs), shows good efficacy at low doses as a novel mucosal adjuvant.
Data Highlights
Compound_X is a synthetic organic compound with dual TLR agonist structures.
In mice, intranasal administration of Compound_X with an influenza HA antigen
1) induces antigen-specific IgA antibody in nasal mucosa and IgG antibody in serum, and additionally enhances serum HI titer.
2) exhibits the protective effect against influenza virus infection that is not observed with conventional subcutaneous HA vaccination.
3) induces antibody production at lower doses compared to CpG ODN (TLR9 agonist) and Poly(I:C) (TLR3 agonist).
(Data for 1)-3) are available at: https://kusuri-consortium.jp/wp-content/uploads/2025/09/Adjuvant_en_BioJapan2025.pdf)
4) The adjuvant effect of Compound_X was also confirmed when SARS-CoV-2 S protein was used as an antigen.
5) Preliminary genotoxicity tests (MicroAmes test and Microflow micronucleus test) were negative.
6) We did neither observe blood toxicity by nasal administration of adjuvant nor serious side effects by its systemic exposure after intravenous administration.
Our preliminary data regarding the pharmacological and safety data support that Compound_X is an appropriate mucosal adjuvant candidate for use with vaccines. It is expected to be effective not only for split and subunit vaccines, but also for mRNA vaccines, etc.
Business Opportunity
● Target Indications: Respiratory (tract) infections etc. (Influenza, COVID-19, RSV infection, Tuberculosis…)
● Status: Patent filed (Toyama Prefectural Institute & University). Available for licensing and collaborative research.
研究テーマに関心のある方は、下記フォームよりお気軽にお問い合わせください。: