製剤開発を20年間担当したが、そこでは江崎玲於奈博士がノーベル賞を受賞したトンネルダイオードの発見にも匹敵する(と本人は思っている)驚きやPhase 3臨床試験のキーオープン時の興奮、そして承認が得られた時の大きな喜び(安堵感か)があった。例えば、固体分散体を検討していた時、それまで胃と腸の両方で溶解する高分子が常識であったが、いくらin vitroでよい結果が得られていてもin vivoの結果は期待外れであった。そこで酸性条件下では全く溶出しない腸溶性高分子を使用したらなんとin vivoでバイオアベラビリティが3倍も向上した。また、ポリエチレングリコールのグレードを変えたら、それまで問題であった原薬の均一分散性の問題が一挙に解決した。添加剤のグレードを変更しただけで改善できるとはだれも思っていなかった。ある時、塩酸塩の原薬が、製造中に塩酸が失われるので、それを何とか保持しろ、と言われ、さんざん悩んだが、某会議での1言で解決法がひらめき、実際それで問題を解決できた。
今日製剤開発は、リスクマネジメントを基礎としたQuality by Designにより行われ、2000年以前と比べ科学的な妥当性を有するものとなっている。一見そこには研究者の勘が機能する余地はないように思えるのだが、それでも著者は依然として研究者の(少しの)知識と勘が重要な要素だと考えている。このように書くと楽しいことばかりではないか、それなら私もやりたいと思うかもしれない。しかし、結果を得るため深夜まで帰宅できない日が続いたり、安定性試験やバリデーションで失敗したら、と不安な日々の連続であった。まさに製剤開発は90%の苦悩・不安と10%の驚き・喜びであった。しかし、この10%の喜びは何ものにも代えがたく、この驚き・喜びがあるからこそ、そしてそれを共有できる仲間がいるからこそ製剤開発はやめられないのである。
(令和4年11月21日 執筆)